鍼灸師の雑談

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Nさんとの出会い ~往診編~ 静岡 鍼灸

〜患者さんであり、人生と経営の師〜

Kさんとの別れを乗り越え、 そのご縁からつながった中で出会ったのが、Nさんでした。
Nさんは、私が往診を始めた当初から現在に至るまで、
長く治療を受けてくださっている患者さんです。
患者さんであり、人生の大先輩 Nさんは、これまでに複数の会社を経営されてきた方で、
若くしてリタイアされた、まさに経験豊富な経営者の方です。
施術の時間の中で、 身体のことだけでなく、仕事や人生についてのお話を伺うことも多く、 気がつけば私にとって、 患者さんであると同時に、人生の大先輩であり、
経営の師匠のような存在となっていました。

年齢を重ねるにつれて、 人から本気で叱られる機会は少なくなっていきます。
ましてや、自営業という立場では、 すべてが自己責任のもとに成り立つため、
外部から厳しい指摘を受ける機会はほとんどありません。
しかしNさんは、 節目節目で私に多くの言葉をかけてくださいました。
時には厳しく、 時には強く、 本気で向き合う言葉を投げかけてくださいました。
言葉の重み その言葉は、決して感情的なものではなく、
長年の経験に裏打ちされた、重みのあるものでした。
仕事に対する姿勢、責任の重さ、 そして継続することの大切さ―― その一つひとつが、
私の中に深く刻まれていきました。
振り返ると、 何度Nさんに助けられたかわかりません。

鍼灸という仕事は、 一人の患者さんと向き合う時間が長く、
自然と深い会話が生まれます。 仕事のこと、家庭のこと、
これまでの人生や価値観、さまざまなお話を聞かせていただく中で、
私は多くのことを学ばせていただいてきました。

患者さんから学ぶことは、技術だけではありません。
人としての在り方、考え方、 そして生き方そのもの。
そうした学びの積み重ねが、 自分自身の「器」を広げてくれていると感じています。

私は、鍼灸という仕事は単なる治療ではなく、 人と人が深く関わり合い、 互いに成長していける、最高の仕事だと思っています。 Nさんとの出会いは、 そのことを強く実感させてくれた、大きな出来事でした。

#静岡市#鍼灸院#鍼灸#針治療#鍼治療#鍼灸師

2026年03月28日

最初の患者さんが教えてくれたこと ~往診編~ 静岡市 鍼灸院

〜一人の出会いと別れが、私を変えた〜

往診を始めて3ヵ月。 なかなか結果が出ず、模索する日々が続いていました。

そんな中、一本のご連絡をいただきました。
それが、私にとって大きな転機となる、Kさんとの出会いでした。
Kさんは、脳梗塞の後遺症により歩行が困難となり、
腰や膝の痛みに長く悩まされている女性の方でした。
これまでマッサージを受けてこられたものの、 思うような改善が見られず、
初めて鍼灸治療を受ける決断をされたとのことでした。

私は、「自分にできることはすべてやろう」と決め、
一回一回の施術に全力で向き合いました。 少しずつ見えてきた変化 施術を重ねる中で、
少しずつ身体に変化が現れてきました。
特に腰の症状は改善し、 起床時の痛みが大きく軽減されました。
一方で、膝の痛みは残り、 思うように改善できない部分もありましたが、

「腰が楽になって、本当に助かっています」

そう言っていただけたことは、 今でも忘れられません。
Kさんは、私の施術を信頼してくださり、
地域の方々にたくさん紹介をしてくださいました。
開業したばかりで不安定だった私を気にかけ、 自ら声をかけてくださったのです。
そのおかげで、少しずつご縁が広がり、 往診件数も増え、
ようやく希望の光が見え始めました。

その矢先、Kさんが突然倒れ、 そのまま帰らぬ人となってしまいました。
前日も、いつものように往診に伺い、 会話を楽しんでいたばかりでした。
あまりにも突然の出来事に、 しばらく気持ちの整理がつきませんでした。

Kさんは、私にとって最初の患者さんであり、 多くのご縁をつないでくださった、
大切な存在でした。 「自分は何のためにこの仕事をしているのか」
そう自問する中で、 一つの答えにたどり着きました。

Kさんが紹介してくださった患者さん。
その一人ひとりに、しっかり向き合い、 喜んでいただくこと。
それこそが、Kさんへの恩返しになる。
そう思い、私は再び前を向きました。

Kさんがつないでくださったご縁の中に、 次に出会ったのが、Nさんでした。
このNさんとの出会いもまた、 私にとって大きな学びと成長のきっかけとなっていきます。

2026年03月25日

~開業への一歩~ 静岡市 鍼灸院

〜往診から始まった鍼灸師としての挑戦〜

26歳のとき、私は地元へ戻る決断をしました。
そして同時に、ある一つの覚悟を決めていました。
「まずは往診だけで、生活費を払えるくらいの患者さんを診よう」
そう決意し、往診専門の鍼灸師として事業をスタートさせました。

修行時代の経験を武器に 修行時代、私は往診事業にも関わらせていただいていたため、
営業の方法や患者さんとの関わり方について、ある程度の知識はありました。
「やるべきことはわかっている。あとはやるだけ」
そう自分に言い聞かせ、すぐに行動に移しました。

寝る間も惜しんだ半年間
毎朝3時に起きてチラシ配り。
日中は営業活動。
夜は生活のためのアルバイト。

ほとんど寝る時間もないまま、半年間走り続けました。
今振り返ると、 「よくやっていたな」と思いますが、 当時はただ必死でした。
現実の壁 しかし、現実は簡単ではありませんでした。
訪問先でよく言われたのは、
「マッサージはできますか?」という言葉。
そして何より感じたのは、
鍼灸の往診そのものを知らない方がほとんどだったということでした。
需要がないのではなく、 “知られていない”という壁にぶつかっていることに気づきました。

知ってもらうために動き続ける それでも私は、あきらめませんでした。
市内の事業所を一件一件、 毎日のように訪問しました。
顔を覚えてもらうまで通い続け、 時には
「しつこいから来ないでほしい」と言われることもありました。
それでもやめませんでした。

「知ってもらわなければ、何も始まらない」 その一心で、行動を続けました。
そして、最初の患者さんとの出会い そんな日々を続けていたある日、
3ヵ月を過ぎた頃に一本の連絡が入りました。

「往診をお願いしたいのですが――」
ついに、最初の患者さんとのご縁がつながった瞬間でした。
しかし、この出会いは単なる「最初の一人」ではありませんでした。
この方との出会いが、私の鍼灸人生を大きく変えることになるのです。

#鍼灸#鍼灸師#鍼#針#鍼治療

2026年03月22日

12年の時を経て

12年前と同じ「馬」の字を、再び患者さんからいただきました。

あの頃の自分と今の自分。
環境も立場も、背負うものも変わりました。
それでもこうして、同じ一文字が再び目の前に現れる。

縁とは本当に不思議なものです。

最近、「こうしたいな」と心の中で思い描いていたことがありました。
まだ形にもなっていない、誰にも言っていない構想。

そんな時に、まるで背中を押すかのようなお誘いが偶然やってきました。

やはり、思いは言葉にしたほうがいい。
外に出したほうがいい。

周りから
「無理に決まっている」
「何を言っているんだ」
「変わっている」

そう言われることがあったとしても。

自分の軸は曲げない。
しかし、時代には柔軟に対応する。

頭が硬くなりすぎれば、
正しい判断も、進むべき方向も見失ってしまう。

赤ちゃんのように純粋な目で、
まっすぐ物事を見つめること。

松下幸之助さんは
「経営は90%が運、10%が方向性」と言ったそうです。

努力はしている。
いや、生きていること自体が努力の連続です。

しかし、努力したから成功できるとは限らない。
努力すれば必ず成功するなら、世の中は成功者で溢れているはず。

大事なのは、10%の“方向性”。

その瞬間に現れたチャンスを
掴むか、掴まないか。

その選択の積み重ねが、未来を変えていく。

今回、素敵な「馬」の字を書いてくださった、
長年治療を受けてくださっている患者さん。

いつも治療を通してだけでなく、
人生において大切なことを教えていただいています。

いくつになっても挑戦。
いくつになっても勉強。

12年の時を経て、
また同じような出会いに恵まれたことに心から感謝です。

ご縁を大切に、
これからも走り続けます。

2026年02月22日

本気で仕事に向き合う ~修行編~ 静岡市 鍼灸院

本気になるということ
〜叱られ、迷い、気づいた鍼灸師としての覚悟〜

試練の一ヵ月間を乗り越え、私はようやく、正式に鍼灸院へ就職することができました。
しかし、本当の修行は、ここから始まりました。
「帰れ」
「立ってろ」毎日の叱責 就職初日から、私は現実の厳しさを思い知らされました。

「手を早く動かせ」
「遅い」
「帰れ」
「その場に立ってろ」 そんな言葉が飛び交う日々。

一瞬でも集中を切らせば、現場は乱れ、診療の流れが崩れます。
私は常に耳を澄ませ、次の動きを読みながら、
師匠や患者さんの動きに気を配り続けました。
緊張の糸が張り詰めた毎日。
それでも、時間が経つにつれ、少しずつ任される仕事が増え
、責任とプレッシャーも大きくなっていきました。

心が折れかけた朝 そんな日々が一年ほど過ぎたある朝、私はふと気がつくと、
始発の電車に乗り、遠く離れた公園にひとりで座っていたのです。

何も考えられず、ぼんやりと一日を過ごし、気づけば日は沈みかけていました。
携帯を開くと、着信履歴は40件以上。

親、兄弟、そして師匠からも―― 皆が私のことを心配してくれていたのです。
恐る恐る治療院へ電話をかけると、師匠は一言だけ。

「すぐに戻ってきなさい。」 治療院に戻ると、師匠は静かに言いました。

「明日からまた来なさい。」 それだけでした。

変わったのは、自分の“覚悟” その日の夜、私は自問自答を繰り返しました。
「自分は、本気で働いていたのか?」
「怒られる意味を理解していたのか?」
「自分の行動が、診療の流れを乱していたのではないか?」
ただ“怒られている”と受け止めていた私は、
それを「自分のこと」として考えたことがなかったのです。
今までは、どこか他人事だった。 師匠がやってくれる。 副院長が決めてくれる。
受付がやってくれる―― そうやって、責任をどこかに預けていました。

でもこの日を境に、私の中で考え方が変わりました。
次の日から、私はまず院内の掃除を毎朝自主的に始めました。
「汚れを見つける目は、患者さんの不調を見つける目にもつながる。」
そう思いながら、治療に必要な基本を積み重ねました。

そして、患者さんへの接し方も変わりました。
「自分の患者さん」として、責任をもって向き合うようになったのです。
そうすると、今まで耳に刺さっていた厳しい言葉も、
“自分のための言葉”として受け入れられるようになっていました。

気づいたのです。 私はまだ、本気で患者さんを良くしたいと思えていなかった。
ただ、指示されたことを“作業”としてこなしていただけだったと。
そして、夢が芽生える それからは、三年間ほぼ休みなく働き続けました。

必死に学び、臨床を重ねる中で、ある思いが徐々に大きくなっていきました。
「自分の治療院を開きたい」 患者さんと自分自身が本気で向き合える場所をつくりたい。

その思いが、心の奥から静かに、そして力強く湧き上がってきたのです。

2026年02月13日
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